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人間関係

承認欲求は永遠に満たされないし幸せにもなれない。

こんにちは。現役高校生の露結あずさ(つゆゆいあずさ)です。

みなさんは「承認欲求」っていう言葉を知っていますか?

とにかく人からほめてもらいたい、称えてもらいたいとか注目されたいといった欲求のことですね。

それが承認欲求と言われるものなんですが、実はこの欲求は扱い方を間違えると大変なことになってしまいます。

他の欲求も大きなエネルギーを持っているので危険ですが、この欲求は特にやっかいなものです。

なので今回、どのように承認欲求と向き合っていくかという対処法を紹介します。

特に仏教の視点から解説していきますが、1つ1つ解説していくので大丈夫です。

それではさっそくいきましょう!

承認欲求の本質とは?

まず、承認欲求というのは実際にどういうものなのでしょうか。

それはかんたんに言えば、とにかく自分を評価してほしいという感情ですね。

というのも、人はあらゆる物の価値を人からの評価で決める傾向があります。

たとえば、Amazonでものを買うときに4.5のレビューと2.5のレビューの商品どっちを買いますか?

普通は4.5のほうですよね。

それは多くの人が「これはいい」と評価しているからです。

同じように、承認欲求というのは「多くの人からいい評価をつけられたい」という欲求です。

ということは、本質的には「自分は価値ある人間でありたい」ということなんですね。

いい評価をつけられるというのは自分の価値が評価されることなので、それによって自分の価値を見出しています。

これが承認欲求の本質です。

では、価値ある人間とはなんなのでしょうか。

価値ある人間とは

この世界にはたった3種類の人しかいません。

  • 他人からの評価をもとに自分を評価している人
  • 自分で自分を評価している人
  • 自分の価値を知っている人

ということは、この3種類の価値の測り方があるということですね。

この3つの評価基準で自分は価値があるのかないのか判断しています。

さっそくですが1つずつ見ていきましょう。

他人基準の評価

「他人からの評価をもとに自分を評価している人」というのは、他人からどう見られているかが自分のすべてだと思って生きている人たちです。

偏見かもしれませんが日本人に多いと思います。

たとえば見た目ですね。

見た目というのは本来は自分に見えないものなんですが、みんな常に自分の見た目を気にしています。

それは言うまでもなく他人からどう見られるかを気にしているからですね。

それを気にしていなかったらべつにどんな格好をしていてもいいと思うのですが、ほとんどの人は常に見た目に気を使っています。

中には整形をする人もいるくらいですね。

整形は否定する気はないし本人がやりたいなら支持しますが、それでもそれはあくまで他人基準の評価だということを忘れてはいけません。

そう考えると、結構私たちは他人からの評価にとらわれて生きていますね。

成績と言っても、しょせんはどっかの誰かが作り出した基準でしかないわけです。

なのに少しでも他人よりも上に立ちたいと必死になって、下になったら落ち込むし上になったら下の人を見下す心が出てきます。

ブッダはこう言っていますね。

下の者は上の者をねたんで苦しみ、上の者は下の者を踏みつけて喜んでいる。

どちらにも心の平安はない。

人と比較しあっている限りは、結局は心の平安はないということです。

下のほうにいるときは嫉妬の感情に支配され、上に立つと尊大な態度になって自滅する。

これが私たちの姿です。

でもこれは少し考えればわかると思います。

いかに他人を抜くか、いかに他人の上に立つかなんてことを考えていて心が穏やかになると思いますか?

私は思いません。

ただ、余談かもしれませんがブログを運営しているとどうしても自分のサイトの検索順位は気になってしまいますが。笑

とはいっても、こういうのはしょせんは他人基準の評価です。

他人の評価は常に揺れ動くし、自分に都合が良ければよく言うし都合が悪くなるとすぐ悪く言ってきます。

こういう言葉もありますね。

一休さんの言葉です。

今日ほめて 明日悪く言う 人の口 泣くも笑うも ウソの世の中

流行りを見ていてもわかると思いますが、人は飽きればすぐにそっぽを向いて離れていきます。

そんなむなしい評価をあてにして生きていても幸せになれないのは明らかですよね。

ということで今日の結論ですが、承認欲求を満たしていて幸せになることはありません。

それじゃあどうすればいいのでしょうか?

2番目の「自分で自分を評価している人」を見てみましょう。

自分基準の評価

「自分で自分を評価している人」というのは自分で自分を評価している人のことです。

最近「自己肯定感」という言葉が使われるようになってきましたが、あれは自分で自分の存在を肯定する感情のことですね。

「自分で自分のことを肯定する」というのはもしかしたら不自然かもしれないですが、べつに自分の価値を他人に決められる筋合いはないんですよね。

他人は他人の都合で私たちの価値を評価してくるので、正直言うとあまりあてになりません。

たとえば、アイドルを探している人なら可愛くて踊るのがうまい人を高く評価しますね。

ですが、社員を探している会社なら従順で動くのが早い人材を探していたりもします。

これは一例ですが、人によって評価が異なるということです。

反面、自分で自分を評価できるようになればそのような心配もないですね。

自分こそが自分のことをよく知っているので、自分のことをちゃんと評価することができます。

周りの人と比較することもないし、自分だけで完結する世界です。

これができれば完璧ですね。

しかし、たとえば自分がなにか重大なミスをしてしまったらどうなってしまうでしょうか?

誰でも自分のことが嫌いになってしまうと思います。

これは「自己嫌悪感」と言われる感情で、自己肯定感と反対の感情ですね。

ポジティブでいられるうちはいいのですが、誰でもネガティブになってしまうときはあります。

たとえばミスをして他人にすごい迷惑をかけてしまったときとか、なにごとも失敗続きのときとか。

そういうときには自己肯定感を持つことは難しいです。

というのも、実は自分も自分の都合のいいように自分を評価するんですね。

というのは、自分にとって悪い状況になると自分を責めてしまうということです。

「こんな失敗をしてしまう自分に価値はない」とか、「こんなに迷惑をかけながら生きている自分はいないほうがいい」と思ってしまうんですね。

なので自分基準の評価は他人基準よりかは安定していますが、それでもまだ完璧ではありません。

状況によって自己肯定感になったり自己嫌悪感になったりしてしまうからですね。

*自己肯定感の持ち方はこちら。

[高校生]自己肯定感を高める方法。自己否定をやめるには?みなさん自己肯定感ってありますか?自分の存在を肯定できる感情のことですね。自信を持つために大事な感情です。そして自己肯定感を手にするためには、まずは自己否定してしまう感情と向き合う必要があります。そのための対処法を現役高校生がわかるように解説していきます。...

なのでこれでもまだまだ足りません。

じゃあどうすればいいのでしょうか?

3番目の「自分の価値を知っている人」を見てみましょう。

変わらない自分の価値

これは仏教独自の視点ですが、ブッダはこう言っています。

すべての人には無条件で生きている価値がある。

これが仏教の視点なんですよね。

というと、いちいち他人や自分からの評価に怯えなくていい「価値」がみなさんにもあるということです。

生きている価値、というと難しそうな響きですがこれは言い換えると人間としての価値という意味です。

たとえばスマホには情報を通信する、はさみには物を切るという目的があるように、私たちにもある目的があるんですね。

少し視点を変えて説明してみますが、みなさんはふだん目的を持って生きているでしょうか?

目的というのは目標と言っていいかもしれません。

みなさんにはなにか目標がありますか?

たとえばこんな感じのものでしょうか。

  • 受験に合格する。
  • 好きな人と付き合う/仲良く過ごす。
  • お金をもっと手に入れる。
  • 好きなものを買う。
  • 寝る。

こういうものが目的だという人は多いですね。

それじゃあそれを達成したあとはどうするのでしょうか?

また次なる目標がやってきますね。

私たちはある目標を定めて、一時期はそれを達成するために生きます。

でも、いずれはその目標を達成するか諦める日が来ますね。

そうしたら次はなんのために生きるのでしょうか?

もうキリがないですよね。

ということは、その夢は一生完成しないしただただ幻想を追い続けるだけになってしまいます。

これじゃあなんのために生きているのでしょうか・

これこそが私たちの根本的な価値ということですね。

そしてさっきも言ったとおり、ブッダはこう言いました。

すべての人には無条件で生きている価値がある。

この「価値」の正体はこの記事で解説しているのでよければどうぞ。

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この記事のまとめ

ここまで承認欲求を追い続けてても幸せになれない理由と、自分の価値をどうやって決めればいいのかを書いてきました。

承認欲求というのはしょせんは他人からの評価を求める感情なので、そんな感情に支配されていてはいつまでたっても幸せにはなれません。

ブッダが言っている「人としての本来の価値」に目を向けてみるのも大切なのかもしれませんね。

ということで、おすすめ順はこちらです。

自分の本来の価値を知る(ブッダ推奨) >> 自分基準の評価 > 他人基準の評価

本来、承認欲求というのは自分の価値がわからないから起きてしまう感情なんですね。

自分で自分を肯定することもできなくて、そして他人になんとか自分のことを肯定してもらいたいとすがる感情です。

その感情を根本的に解消するには、最終的には自分の存在価値を知る必要があります。

この記事も参考になると思うので読んでみてください。

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では、ここまで読んでくださりありがとうございました。

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