自殺

[生きる意味]安楽死や尊厳死は合法化してもいいのか?

こんにちは。現役高校生の露結あずさ(つゆゆいあずさ)です。

最近は「安楽死で死にたい」という人が多くいますが、すでにオランダでは25人に1人が安楽死で亡くなっているみたいです。

自殺を否定するカトリック教徒が多いスペインでも安楽死が合法化され、日本でも署名活動が行われています。

もう日本で安楽死が合法になる時代は迫っているのかもしれませんね。

そんな時代だからこそ安楽死は合法にするべきか、哲学や仏教の視点を通して解説していきます。

ではさっそくいきましょう!

安楽死とは

まずは安楽死とは何なのか、というと「病気が苦痛で死も近い患者の死を早めること」が原点です。

苦しむくらいなら早く死んだほうがマシだということで安楽死がされるようになったんですね。

それが現在では病気に精神病も含まれたり、本人が意思疎通できない状態でも安楽死できるようになったりとどんどん安楽死の範囲が拡大しています。

一部の国では自殺の代わりに安楽死をすることもできるそうですね。

今そうやって拡大してきている安楽死ですが、本来は死にそうな患者の死を早めたり延命措置をやめたりすることが原点です。

自殺のために安楽死を使うのは本来の使い方ではないんですよね。

それでも今は特にヨーロッパで安楽死の勢いが拡大してきているので、いずれ日本でも安楽死で自殺できる時代がやってくるかもしれません。

では、安楽死の本質的な問題は何なのでしょうか。

安楽死の本質とは

それは「何のために生きているのか」という問題です。

どういうことかというと、生きている意味がないなら今死んでも大丈夫ですよね。

ただただ何も目的がなくてむなしい人生だったらいつ死んでもいい、ということです。

逆にもし私たちに生きる意味があれば、人生はその目的を果たすためのものです。

「このために生きないといけない」という意味があれば安楽死で死を早める必要はないですよね。

なので生きている目的は何なのか、そして今死んでも大丈夫なのかという問題が最も大丈夫なのです。

さらに詳しく掘り下げていきましょう。

生きる意味とは

生きる意味、というと難しいかもしれません。

ですがこういう話があります。

ある囚人にこんな労働が課せられた。

「今からここにある土の山を向こうに移してもらう。シャベルですくって移せ」

囚人たちは汗をかきながら、数日かけて大きな土の山を移動させた。

するとこんな労働が課せられた。

「今からこの土の山を元の場所に移してもらう。早くやれ」

囚人たちは疑問に思いながらも、土の山をまた数日かけて元の場所に戻した。

するとまたこんな労働が課された。

「やはり向こうに移してもらいたい。早くしろ」

囚人たちは疲れ果てながらも、なんとか命令に従って土の山をまた前に移した場所へと運んでいった。

…これを数回繰り返すと、囚人たちは首をつって自殺してしまった。

大きな土の山を何度も移し替えるだけって価値ないですよね。

だからつらいんです。

同じように、私たちの人生も毎日同じことの繰り返しです。

食べて寝るを繰り返し続ける人生ですよね。

そうやって生きている意味を失うと、段々と自分の存在自体に意味や価値が感じられなくなっていきます。

「自分っていてもいなくて同じかもしれない」と思い始めてしまうんですね。

そしてさっきの囚人と同じように自殺する人もいます。

だからこそ自殺や安楽死の本質は「生きる意味」であって、生きる意味がないと思ってしまうから安楽死に至るということですね。

末期の患者でどれだけ苦しかったとしても、生きる意味があるなら生き続けるはずです。

どれほど自殺を考えている人がいても生きる意味を知れば死を選ばないはずです。

なので「生きる意味」が本質的な問題ということですよね。

じゃあ生きる意味を感じられている人はどれほどいるでしょうか?

生きる意味なんて誰も知らない

知恵袋にこんな投稿がありました。

生きてる意味がわからないです。

自分が生きる意味がわからないです。

毎日死んだように生きています。

楽しいことも減っていきます。

どうでも良くなってきます。

わたし一人がこんなこと言ったって、他にも辛い人は大勢いるし、助け合って生きていけたらベターなんでしょうけど、今ではそれも出来そうにありません。

ある時、時間が止まったように心が凍ってしまい、それからというものの喋り方も抑揚がなくなり、棒読みに聞こえると言われるようになりました。

日に日に感情と現実感を失っていきます。

ぼうっとしている方が、逆に楽になってきました。

人間はどうして生きるのですか?

何のために生きているのですか?

Yahoo知恵袋

私たちは必死で自分が生きている意味や価値を見つけたいんですよね。

だって意味のないものに価値はないので捨てるしかないですよね?

丸めたティッシュやほこりには価値がないからゴミ箱に捨てられるように、私たちの命にも価値がなければ捨てるしかありません。

もしくは諦めてだらだらと生きるかですね。

だから生きる意味があるかないのか、というのはものすごく重要な問題です。

なのにほとんどの人がその答えを知りません。

「生きる意味はない」と言う人もいれば、「ただ生きてるだけでいい」と言う人もいます。

でもただ生きてるだけでいいっておかしいですよね。

ほこりはただあるだけで価値になるのでしょうか?

人生そのものの意味を聞いてるのに話をずらされてるようで答えになってないですよね。

「生きる意味がない」というのもなんか悲しいです。

生きる意味がないなら自殺や安楽死しても全然問題ないということになるので。

…いずれにしても、「生きる意味がわからない」という苦しみはみんなが持っています。

みんな苦しんでいるんですね。

みんな苦しい

さっきの知恵袋の方もそうですが、私たちは自分の存在の価値が知りたくてしょうがないです。

何のために自分は生きているのか、という目的ですね。

それがわからないとどこに向かって生きればいいのかわからないので一番大切なことです。

でもそれを知ってる人がいないんですよね。

みんな自分の生きている意味がわからずに迷っています。

たとえば趣味や勉強に打ち込んでる時はいいんですが、大きな目標を達成した後ってむなしいですよね。

受験勉強が終わって新しい学校に入学して、5月くらいに燃え尽きる学生さんが多いそうです。

燃え尽き症候群とか五月病ともいいますが、それも自分の生きる目的を見失った苦しみと言えると思いませんか?

なので「生きる意味がわからない」というのが私たちの苦しみの原因であり、安楽死の問題とも直結しているわけです。

ここまでで「生きる意味」について語ってきましたが、まとめるとこうなります。

生きる意味がないなら安楽死してもいい。

生きる意味があるなら生き続ける理由がある。

これを仏教ではどう言われているのでしょうか?

本当の意味で苦しみを消す方法

実は、仏教では明確に「生きる意味はある」と言われています。

私たちの生きる目的、存在意義はあるということですね。

だから安楽死せずに生き続ける理由もあるということです。

実際にブッダはこう言っています。

人身受けがたし、今すでに受く。

人間に生まれてきたのにはちゃんと意味があった。

ちょっと難しいですか?

ですが実際にこういう世界があるということですね。

「生きる意味がわからない」と苦しんでいる人があふれているなか、ブッダは「生まれてきた意味があった」と言っています。

すごいですよね。

なので安楽死する必要もないし、苦しくても生きる理由があると言われています。

詳しいことは下の記事で話していますが、とりあえずそういう心の境地があるということです。

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それでは今日のテーマですが、安楽死は合法にするべきでしょうか。

安楽死は合法にするべきか

「生きる意味はある」ということからいえば、苦しいからといって死を早めるのはおすすめできません。

実際に死ねば取り返しもつかないし、そのときは死にたいといっても心変わりすることはいくらでもあります。

しかも「人間に生まれてこれてよかった」というブッダのような心の世界があることを思えば、むやみに安楽死するのはいいこととは言えません。

そして安楽死は20秒ほどで死に至ると言われるほど楽に死ねるので、自殺したい人がより簡単に死ねるようになってしまいます。

自殺については下の記事でも解説していますが、楽に死ねるようになったら取り返しがつかないのは事実ですよね。

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なので安楽死は違法のままでいいと私は思います。

たしかに自殺は違法ではないのですが、安楽死は一度許すとどんどん範囲が拡大していってしまいますね。

ヨーロッパでは、事前に書類を書けば心変わりして安楽死をしたくなくても強制的に安楽死できるようになってしまっているみたいです。

リビングウィルとも言われるみたいですが、事前に「どんなに抵抗しても死が近づけば安楽死してください」という書類を書くみたいなんですね。

それを盾に安楽死できてしまうという危ない現状がすでにあります。

そういう危険な側面もあるので私は安楽死には反対です。

この記事のまとめ

今日は安楽死について語りました。

安楽死はいいのか悪いのかというよりも、なんで安楽死したい人がいるのでしょうか。

それは生きる意味がわからない人が多いからですね。

なので私たちの生きる意味や存在意義が本質的な問題だということです。

そして生きる意味はブッダが解き明かしているんですよね。

その生きる意味を知れば安楽死をする必要はないです。

だから安楽死を合法にする必要もないということです。

ではここまで読んでくださりありがとうございました。

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