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人生

死ぬのが怖い人へ、死の恐怖は無くせるって知ってましたか?

こんにちは。現役高校生の露結あずさ(つゆゆいあずさ)です。

私も以前は死が怖くなる瞬間というのがあって、恐怖心に支配されてしまっていました。

ですが仏教の教えを学んでからはその感情を客観的に見れるようになりました。

世の中では「仏教では死のことを考えない」という人もいますが、全く逆なんですね。

仏教というのは私たちに死の実態を見せつけて、そしてその解決方法までもを教える教えです。

…こう言うと難しそうに聞こえてしまいますが、1つずつ理解していけば大丈夫です。

まずはどうやって死の恐怖に立ち向かうか、仏教の視点から徹底解説します。

それではさっそくいきましょう!

死とはなにか

まず、死ぬというのはどういうことなのでしょうか?

ちょっと考えてみてください。

…この世界ではもうすでにものすごい数の人が死んでいっていますが、誰もその先を知りません。

当たり前ですよね。

そもそも死んで帰ってきた人がいないので、その先を知ることは私たちの人智では不可能なんですね。

この先どれだけ科学が進歩しても、私たちの死んだ先まで見通すことは不可能です。

だからこそ、2つの考え方が誕生します。

  1. わからないことなんて考えても無駄。放っておこう。
  2. わからないからこそ怖い。放っておけない。

たぶんみなさんは2番目の考えを持っていると思いますが、今日はこの2番目の視点から話を進めていきます。

というのも、死というのはべつに私たちに無関係なものじゃないんですね。

当たり前ですが、生まれたものは必ず死にます。

この先科学が進歩して200年や300年、1000年生きられるようになったとしても最後は必ず死ぬんですね。

まさに100%の確率です。

ですがその事実を見過ごしている人が非常に多いです。

確かに、「今この瞬間」を大切に生きることもすごく重要です。

今がつまらなかったらこの先もずっとつまらない人生ですね。

ですが、実は死というのは私たちの「今」にも影響を及ぼしているのです。

これは後で解説しますが、いずれは死の問題と対峙するときがやってくるなら今解決してもいいと思いませんか?

そのほうが残りの人生も安心して暮らせるはずです。

ということで、死ぬという問題は実は切実な問題なんですね。

では、死への恐怖というのは実際にどういうものなのでしょうか?

死が怖いとは

「死が怖い」と言うとバカにしてくる人がいます。

みなさんももしかしたら周りに相談してみたことがあるかもしれませんが、そんなふうに冷たくあしらわれるとつらいですよね。

それでどこにも相談できずにネットで検索して、この記事へ来てくれたんだと思います。

ですが、実は「死が怖い」というのは生き物として当たり前の感情なんですね。

言ってしまえば、ほとんどの人は死なないように生きているわけです。

  • 必死に働いてお金を稼ぐのも死なないため。
  • つらい嫌がらせに耐え抜くのも死なないため。
  • 自殺をためらうのも死なないため。

こんな感じで、私たちは死なないために生きているんですね。

それくらい死ぬのが嫌だということです。

たとえ「死にたい」と言っている人でもDNAには死にたくない本能が刻み込まれているので、本当は死にたくないはずです。

でも生きるのがあまりにもつらいから自殺を選んでしまったというだけのことで、本当に「死にたい!」という人はいないんですね。

それくらい私たちは死ぬのが嫌で、死を恐れているということです。

じゃあそれはなぜなのでしょうか?

暗闇に突っ込んでいく

それは死んだ先がわからないからです。

当たり前かもしれませんが、死んだらどうなるかわからないから死にたくないんですね。

私たちは何かがわからないと不安になります。

受験をして合格発表されるまでの数日間は結果がわからないですが、「わからない」から不安になるんです。

好きな人や家族が行方不明になっても不安になると思いますが、それはどこにいるのか「わからない」からですね。

同じように、「死んだらどうなってしまうのか」というのは人智では全くわかりません。

どれだけ頭をひねってもどうしようもないのがこの問題なんですね。

そして実は、この不安というのはみなさんの「今」にも悪影響を及ぼします。

どういうことでしょうか。

あなたが幸せになれない理由

私たちが今生きている世界は現世、死んだあとは来世とも言われますね。

こう聞くと現世と来世ははっきり区別されているかのように思ってしまいますが、実際は2つの世界は溶け込んでいるんですね。

どういうことかというと、みなさんが知らない間に死は迫ってきているということです。

ブッダはこう言っています。

吐く息・吸う息を待たずして命終わる。

息を吐いたり吸えなければ、その瞬間が死だということです。

なので遠い問題のように見えて意外と近くにある問題なんですね。

ということは、私たちは常に死の危険と隣り合わせだということです。

だからいつも心の底ではなんかビクビクしていて、むなしくて不安なんですね。

みんな気づいていないですが実は死の不安が私たちの人生を不幸にする原因ということです。

なので死の問題というのは不要不急の問題ではなく、今まさに片付けるべき問題なのです。

私たちは全員いつかは死んでいかないといけないからですね。

ですが、死の問題と戦うなんて素人にできるのでしょうか。

「そんな壮大ことできるはずがないよ」と思われるかもしれませんね。

私もいろいろなスピリチュアルや哲学、思想や宗教をめぐってこの問題の答えをずっと探し続けてきましたが、なかなか答えは見つかりませんでした。

中には「死んだら無になる。それ以上でもそれ以下でもない」と言う人もいましたが、あまり私の心には響きませんでした。

死んだら100%無になるという確証がないからですね。

ですが、ここで諦めてしまっていいのでしょうか?

諦めるしかない?

せっかくここまで頑張って生きてきたのに、実は私たちは最後は必ず死ぬだけなんですね。

科学技術が相当発展した今の時代であっても、次々と不治の病が見つかってきています。

そして最後にはみんな死んでいくんですね。

それじゃあなんのために生きてきたのでしょうか。

これから先も苦しいことが続いていくのなら、別に今死んでも後で死んでも変わらない。

そう思った若者が次々と自殺していっています。

それじゃあ自殺したら幸せになれるのでしょうか。

そもそも死んだ先がわからないのに、それを後回しにして自殺しても結局は一緒ですよね。

やっぱり私たちの人生は苦しいだけなのかもしれません。

*自殺についてはこの記事で深く掘り下げています。

「死にたい?じゃあ死ねばいいじゃん」なんて正しいのか?みなさんは死にたいですか?時々そう思ってしまうこともあると思いますが、つらいときには自殺したくなってしまうこともあるかもしれません。そのときに踏みとどまれますか?確証はないですよね。そこで仏教の視点から、自殺するのは良いことなのか悪いことなのか語っていきます。...

が、2600年前のインドにブッダという人が誕生して仏教の教えを発見しました。

さいわい私は仏教に精通している立場にあるので、その教えの片鱗を紹介します。

ここからが本題ですね。

ブッダの答え

ブッダは驚くべき答えを言いました。

死への恐怖は無くすことができる。

私のタイプミスかもしれないと思う人もいると思うのでもう一度言います。

死への恐怖は無くすことができる。

これが仏教の答えです。

ちょっと信じられないですよね…。

うさんくさいとかオカルト、バカげていると思う人もいるでしょう。

ですが、これが仏教の正式な答えなんですね。

死への不安は和らげるどころか、無くすことができるんです。

というと、死んだらどうなるかがはっきりするということです。

もちろんこれは人智では達成できないことですが、仏教の教えはそれを可能にするんですね。

「それじゃあ根拠はあるの?」という人もいると思うので、1つだけ根拠を挙げます。

それが因果の道理という、仏教に教えられている法則です。

簡単に言うとこんな感じですね。

  • 良いことをすれば、回り回って自分が良い結果を受ける。
  • 悪いことをすれば、回り回って自分が悪い結果を受ける。
  • 自分の行いはすべて自分自身に返ってくる。

これが因果の道理というものです。

意外とシンプルな法則ですよね。

確かに見かけはシンプルですが、突き詰めていくと私たちの人生の本質までもを明らかにするんですね。

そういうすごい法則です。

これが根拠の1つですね。

あとはもう難しすぎてここでは話せませんが、とりあえず「そういう世界もあるんだなー」ぐらいの気持ちでいてくれたら嬉しいです。

それじゃあ、死への不安を無くすには具体的に何をすればいいのでしょうか?

何をすればいい?

ここも難しいので端的に言いますが、まずは仏教の教えを正確に学ぶことですね。

「なにそれ?」と思うかもしれませんが、まずはそこから始めないと全体像が見えてこないです。

さっきの因果の道理もそうですが、仏教の教えを体系的に学ぶことで今よりもさらに視野が広くなると思います。

このサイトだけでは仏教の内容を伝えるのに限界があるので、よければ私が書いたメール講座を覗いてみてください。

「生きる意味」をひもとくメール講座の詳細はこちら。みなさんは本当の「生きる意味」って知ってますか?私たちは苦しくなるとついつい「こんなんじゃ生まれてこなければよかった…」と思ってしまいがちですが、そんな人生にもちゃんと価値があるんですよね。それを現役高校生が仏教の視点で明らかにします。...

この記事のまとめ

ここまでかなり難しい内容に触れてきましたが、私の説明でなんとなくはわかっていただけたでしょうか?

私も自分で説明不足だということはわかっていますが、伝えるのが難しい部分なので試行錯誤しています。

ですが一番のポイントは「死の恐怖は無くすことができる」ということですね。

私はこれまでに何人も「死ぬのが怖い」という人を見てきましたが、そういう人たちには今回の内容は役に立つと思っています。

ですが、「死の恐怖を無くす」というのは私たちの人生の中でとても重要なことなんですね。

生きる意味とか人生の目的とも言われたりしますが、そういうこととも密接な関係があります。

こちらに詳しく解説した記事があるのでよければどうぞ。

人生の目的は苦しいだけの人生から解放されること。仏教が明らかにした「人生の目的」って知っていますか?なんで自殺しちゃいけないのか、なんのために生きるのか、生きる意味はなんなのか。そういう問題がわからないのは人生の目的を知らないからなんですね。逆に人生の目的さえわかれば、今この瞬間から人生が変わります。...
生きる意味はある!現役高校生が人生の価値を語る。仏教に説かれている「生きる意味」って知っていますか?最近は虚無主義や反出生主義といったふうに「生きる意味はない」と主張する人が多いですよね。でも仏教ではそれらは間違いだと明確に言われているのです。じゃあその「生きる意味」って一体何なんでしょうか?...

編集後記

今日お話しした内容は、はっきり言って最高難易度の問題です。笑

なので全くわからなくても焦る必要はありません。

むしろわかったほうが天才ですね。

なので雰囲気だけでも感じていただければそれで十分です。

私もこういう不特定多数の人が集まるような空間では言えることにも限りがあるし、仏教の正確な意味を掴むためには学ぶ順番も重要です。

なのでここでは本当に言いたいことは言えなかったのですが、それはまた別の機会で伝えていこうと思います。

…いずれにしても、私の信念は「苦しいだけで意味のない人生から決別する」です。

表面上は楽しそうでも、内面は苦しくてむなしいという人が今多いんですね。

そういう人のために役立つ情報をこれからも発信していきます。

中には合わない人もいるかもしれませんが、その一部の苦しんでいる人たちの助けになれればそれで十分です。

その信念をこれからも貫いていきます。

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